ドラレコ“開発”秘話 息子を亡くした父の無念(2021年3月28日)

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事件・事故の証拠やあおり運転の記録としても役立つドライブレコーダーですが、普及するにはある出来事がありました。

 ドライブレコーダーが標準装備される大きなきっかけを作った人物がいました。出迎えてくれたのは片瀬邦博さん(79)です。

 今から27年前。当時、東芝で半導体の技術者として働いていた片瀬さんの身にある出来事が起こりました。バイクに乗っていた息子の啓章さんがダンプカーにひかれて命を落としたのです。19歳でした。

 ダンプカーの運転手が赤信号で止まっていた啓章さんのバイクに気付かず衝突したと説明を受けました。しかし、ある目撃者の証言で状況は一変します。

 信号が青に変わった時、啓章さんのバイクがダンプカーの前に割り込んだ。そう証言した人がいました。裁判ではこの証言が採用。啓章さんの過失割合は6割と認定されたのです。

 息子は本当に割り込みなんてしたのだろうか。あの時、あの場所で一体、何が起こったのだろうか。証拠は見つけられないままでした。

 事故の記録映像さえあれば・・・。そんな片瀬さんは一歩を踏み出します。

 事故から7年経った2001年。電子機器の知識を持つ片瀬さんは事故の瞬間を撮影するためのドライブレコーダーの開発を始めたのです。当時は運転技術向上の撮影機器が主流。事故記録が目的のものはほとんど聞いたことがなかったと言います。

 レンズは小型のCCDカメラが取り付けられていて、大きさは現在のドラレコの約3倍。開発にかかった費用は、なんと400万円だったということです。1秒間に5枚の静止画を組み合わせてきれいな映像を作っていました。

 すると、購入を希望する会社が現れました。タクシー会社が事故対策として採用。事故の際の証拠として使われるだけではなく、車両にカメラが搭載されることで運転手の意識が向上し、重傷事故率も7割減ったということです。

 そして、一気に広がる事故が起きました。2012年、京都・祇園で7人が犠牲になった暴走事故。この事故のドラレコ映像が繰り返し報道されたことでドラレコが広く世間に認知され、今では一般車の約32%に搭載されるまでになったということです。
[テレ朝news] https://news.tv-asahi.co.jp

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